光と音の相互作用

「光と音の相互作用」と聞いても音楽に関係しそうな何かしか思い浮かばないのもそのはず, 普通光と音は相互作用しない.
光は真空を媒質とする電磁波である一方, 音は弾性体を媒質とする弾性波であるからだ.
しかし突き詰めれば, 弾性体というのも正電荷を持つ原子と負電荷を持つ電子の集合体であるわけで, 強い電磁波で揺さぶりをかけてやれば光で音(弾性波)を生じさせることも可能である.
この過程はBrillouin光散乱 (Wikipedia: ブリルアン散乱, 以下BLS) と呼ばれ, 物体の音速や弾性定数などを計測するのに用いられている.
今回はまずこのBLS過程を導出した後, 実際のBLSの例を見ることにする.

ブリルアン光散乱の導出

弾性体に強い光(レーザー光)を照射すると, 先に述べたように弾性体中の電荷が一斉に揺さぶられ, 光のエネルギーの一部が音波に移る(もしくは逆に音波のエネルギーの一部が光に移る).
物体に光や電子などを照射した結果, 光や電子の運動量が変化する現象は一般に散乱現象と呼ばれる (Wikipedia: 散乱).
BLSはエネルギーが変化する散乱であるので, 非弾性散乱の一種である.
光はエネルギーを失うと周波数が小さくなり, エネルギーを得ると周波数が大きくなるので, 光の周波数シフトを見てやれば弾性体中の音波のエネルギーがわかることになる.
図1のように弾性体 \mathrm{T} および光源 \mathrm{S}, 観測点 \mathrm{O} を配置する.
入射光に対し \theta_\mathrm{i} の角度をなす波面を持つような音波が生じたとする(図1).
散乱角 \varphi\varphi=\theta_\mathrm{i}+\theta_\mathrm{s} である.
散乱光が観測される条件は, 音波の各波面(その間隔は音波の波長 \Lambda に一致する)で散乱された光が干渉しあう, \begin{align} 2\pi \frac{\Lambda\sin\theta_\mathrm{i}}{\lambda_\mathrm{i}/n} + 2\pi \frac{\Lambda\sin\theta_\mathrm{s}}{\lambda_\mathrm{s}/n} =2\pi \tag{1} \end{align} となるときである.
ただし散乱前の光の波長を \lambda_\mathrm{i}, 散乱後の光の波長を \lambda_\mathrm{s} とした.
光の波長の変化が非常に小さく, また2角 \theta_\mathrm{i}, \theta_\mathrm{s} がほとんど等しいとすれば, (1) 式は \begin{align} \frac{\Lambda\sin(\varphi/2)}{\lambda_\mathrm{i}/n} \approx \frac{1}{2} &\quad\Leftrightarrow\quad \Lambda \approx \frac{\lambda_\mathrm{i}}{2n} \frac{1}{\sin\frac{\varphi}{2}} \\ &\quad\Leftrightarrow\quad f \approx 2n \nu_\mathrm{i} \, \frac{v}{c} \, \sin\frac{\varphi}{2} \tag{1$^\prime$} \end{align} と近似できる.
ただし音速を v, 音波の振動数を f, 光速を c, 入射光の振動数を \nu_\mathrm{i} とした.
入力された周波数と出力される合成周波数は同じなので, 音波の振動数は光の周波数シフトにそのまま対応する.
結果光の周波数シフト \Delta\nu と音速 v の関係式 \begin{align} \Delta\nu = 2\nu_\mathrm{i} n \,\frac{v}{c}\, \sin\frac{\varphi}{2} \tag{2} \end{align} が得られる.
この導出は主に[1]を参考にした.
なお, 記事の最後にこの (2) 式の量子論からの導出を添付したので, そちらも参考にされたい.

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図1 BLS実験のセットアップの例(青が入射光, 赤が散乱光, 緑が音波) 図2 気体, 液体によるブリルアン散乱の例[2] 図3 固体によるブリルアン散乱の例[3]

ブリルアン光散乱の例

BLSの典型例として, 図2に液体及び気体のBLSスペクトルを, 図3に固体のBLSスペクトルを示した.
図2は臨界状態(高温高圧で液体と気体の区別がなくなった状態)寸前の二酸化炭素のスペクトルである[2].
グラフが4つに分かれており少し見づらいが, 上の2つのグラフが気体状態の二酸化炭素で, 下の2つのグラフが液体状態の二酸化炭素である.
右のグラフは左のグラフの続きを高さ1/100でプロットしたものである (そうしないと左のピークがあまりにも小さすぎてよくわからなくなるので).
その非常に強い右側のピークはRayleigh散乱と呼ばれる弾性散乱によるピークで, 入射したレーザー光の周波数そのもの(この場合He-Neレーザーの6328 Å, 474 THz (Wikipedia: テラヘルツ)) である.
左側のピークがBLSによるピークで, 気体状態で約440 MHz, 液体状態で約540 MHzのシフト \Delta\nu がみられる.
光源の周波数 \nu_\mathrm{i}, 散乱角 \varphi は既知で, 屈折率 n も他の方法で測定できるから, (2) 式を用いれば二酸化炭素中の音速が計算できることになる (文献[2]中でもこの方法に則って気体状態での音速は約190 m/s, 液体状態では約220 m/sと計算している).

図3は高圧下で固体になったメタンのBLSスペクトルである[3].
中央に非常に高い弾性散乱のピーク(この場合Arレーザーの5145 Å, 583 THz)の左右に3本ずつBLSのピークが並んでいる (左側が光がエネルギーを失った散乱で, 右側が光がエネルギーを得た散乱).
一番シフトの大きい約13.4 GHzシフトのピークが縦波(P波)のもので, 小さい2つのピーク約4.1 GHz, 約6.8 GHzは横波(S波)のものである(等方的でないので横波に2つのモードがある).
ここから計算される音速と, 前回 () 導出した音速と弾性定数の関係式から, ターゲットに関する情報を得ることができる.

ところで, 今見た散乱による周波数シフト \Delta\nu は, 元の周波数 \nu_\mathrm{i} に比べて5桁以上小さい.
これは物体中の音速が光速に比べて非常に遅いことに由来するのだが, このような非常に小さい周波数の変化は, 光の干渉を利用して観測する.

ブリルアン光散乱の量子的導出

弾性体中には格子振動を量子化した準粒子, フォノンが存在する (Wikipedia フォノン).
フォノンは音響フォノンと光学フォノンの2種類に大別されるのだが, このうち(励起状態の)音響フォノンが弾性波, つまり音波に対応する.
光も音響フォノンもエネルギーと運動量を持っている.
Planck–Einsteinの関係式によれば, 振動数 \nu の光は h\nu のエネルギーを持ち, 波数 \boldsymbol{k} の光は \hbar\boldsymbol{k} の運動量を持つ (h はPlanck定数, \hbar=h/2\piDirac定数).
同様に角振動数 \nu' の音響フォノンh\nu' のエネルギーを持ち, 波数 \boldsymbol{k}' の音響フォノン\hbar\boldsymbol{k}' の運動量を持つ.
さて, 光と音響フォノンがエネルギーと運動量をやりとりする過程(非弾性散乱過程)がBLSであるから, 保存則より \begin{align} h\nu_\mathrm{i}-h\nu_\mathrm{s}=h\nu_\mathrm{phonon}, \qquad \hbar\boldsymbol{k}_\mathrm{i}-\hbar\boldsymbol{k}_\mathrm{s}=\hbar\boldsymbol{k}_\mathrm{phonon} \tag{3} \end{align} である.
ただし光の振動数, 波数を散乱前 \nu_\mathrm{i}, \boldsymbol{k}_\mathrm{i}, 散乱後 \nu_\mathrm{s}, \boldsymbol{k}_\mathrm{s} とし, 音響フォノンの振動数, 波数を \nu_\mathrm{phonon}, \boldsymbol{k}_\mathrm{phonon} とした.
今, 上と同じように屈折角を \varphi とすると, 光の運動量は \begin{align} \boldsymbol{k}_\mathrm{i} = k_\mathrm{i} \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}, \qquad \boldsymbol{k}_\mathrm{s} = k_\mathrm{s} \begin{pmatrix} \cos\varphi \\ \sin\varphi \end{pmatrix} \end{align} と書け, 弾性体中での分散関係は \begin{align} \frac{c}{n} = 2\pi \frac{\nu_\mathrm{i}}{k_\mathrm{i}} = 2\pi \frac{\nu_\mathrm{s}}{k_\mathrm{s}}, \qquad v = 2\pi \frac{\nu_\mathrm{phonon}}{|\boldsymbol{k}_\mathrm{phonon}|} \tag{4} \end{align} となる.
これと (3) 式, (4) 式を合わせると, 光の周波数シフト \Delta\nu は \begin{align} \Delta\nu &:= \nu_\mathrm{i}-\nu_\mathrm{s} = \nu_\mathrm{phonon} \\[3pt] &~= \frac{v}{2\pi} |\boldsymbol{k}_\mathrm{phonon}| = \frac{v}{2\pi} \left| \boldsymbol{k}_\mathrm{i}-\boldsymbol{k}_\mathrm{s} \right| \\[3pt] &~= \frac{v}{2\pi} \sqrt{(k_\mathrm{i}-k_\mathrm{s}\cos\varphi)^2+(k_\mathrm{s}\sin\varphi)^2} \\ &~= \frac{v}{2\pi} \sqrt{\left( 2\pi\frac{\nu_\mathrm{i}}{c/n}-2\pi\frac{\nu_\mathrm{s}}{c/n}\cos\varphi \right)^2 +\left( 2\pi\frac{\nu_\mathrm{s}}{c/n}\sin\varphi \right)^2} \\ &~= n\frac{v}{c} \sqrt{\nu_\mathrm{i}^2+\nu_\mathrm{s}^2-2\nu_\mathrm{i}\nu_\mathrm{s}\cos\varphi} \\ &~\approx 2\nu_\mathrm{i} n \, \frac{v}{c} \, \sqrt{\frac{1-\cos\varphi}{2}} = 2\nu_\mathrm{i} n \, \frac{v}{c}\, \sin\frac{\varphi}{2} \end{align} となり, (2) 式が得られた.
ただし最後の行で, 光のエネルギーロスは非常に少ないとして \nu_\mathrm{s}\approx\nu_\mathrm{i} と近似した.

参考文献

[1] http://www.springer.com/978-3-642-13482-1, High Frequency Acoustics in Colloid-Based Meso- and Nanostructures by Spontaneous Brillouin Light Scattering, Still, T., Springer, p.20-24 (2010).
[2] Robert W. Gammon, et al, Phys. Rev. Lett. 19, 1467 (1967).
[3] H. Shimizu, et al, Phys. Rev. B 53, 111 (1996).

固体を伝わる音

音は空気中でも水中でも, さらには固体の中でも伝搬する.
固体中での音の速さは, Wikipediaの音速のページ (Wikipedia: 音速) を見ると突然
K を体積弾性率, G を剛性率として, 縦波の場合 \begin{align} c_l = \sqrt{\frac{K+\frac{4}{3}G}{\rho}}, \tag{1} \end{align} 横波の場合 \begin{align} c_t = \sqrt{\frac{G}{\rho}}, \tag{2} \end{align} である」
と紹介される (Wikipedia: 体積弾性率, 剛性率).
今回の記事の目標はこの2式を証明することである.
「固体 音速 導出」などでググってもすぐには見つからなかったが, その理由は導出があまり簡単ではなかったからであった....

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3次元のフックの法則

今回は3次元弾性体(力を加えると変形するが, 力を取り除くと元に戻る物体のこと)におけるHookeの法則 (Wikipedia: フックの法則) を導出する.
これは連続体力学や材料力学 (Wikipedia: 連続体力学, 材料力学) にかかわる法則であるが, 長くなってしまったのでこれだけで1つの記事とした.

Hookeの法則といえば, ばねにかかる力 F とばねの伸び x を結ぶ関係式 F=kx が有名である (k はばね定数).
この記事では, ばねにおける F=kx と同様の式を, 3次元固体について得ることを目標に進める.
ただし, 連続体力学では力の代わりに単位面積あたりの力(つまり圧力)が 「応力(stress, Wikipedia: 応力)」 として用いられ, 同様に変位の代わりに単位長さあたりの変位が 「ひずみ(strain, Wikipedia: ひずみ)」 として用いられる.
それゆえ, 得られる式としては (応力)\,=\,(比例定数)(ひずみ) となる.
なお, 以下で取り扱う物体は等方的である(向きによらず性質が同じ)とし, また重力や電磁気力などの外力は全て無視する.

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