偏光状態の変化 その3

今回の目標はPhase retarder[1][2]の原理を解説することである.
これは \lambda/4 ミラーとも呼ばれており, \lambda/4 波長{}板 (Wikipedia: 偏光_#偏光を作り出す光学素子) を鏡で実現する素子である.
すなわち, 直線偏光の光を入射すると円偏光の光を反射し, 逆に円偏光の光を入射させると直線偏光の光を反射する.
金属加工の現場では偏光状態によって加工精度などが決まるので, このような光学素子が必要となるようだ[1].
本稿では前回()導いた (10) 式のみ用いる.

媒質と入射角に関する準備

一般に, 均質で等方的な媒質の比透磁率は, 光学波長域では1である[3].
すなわち, 空気の透磁率と金属の透磁率はほとんど等しい.
一方, 鏡表面に塗布してある金属膜や誘電体膜の誘電率はさまざまである.
誘電体の誘電率は正であることが多いが, 金属の誘電率は主に負であるし, 吸収がある物質では複素数にもなりえる[4][5][6].
そこでより一般に, 誘電率 \epsilon_2 を, \epsilon_1 に対して \begin{align} \epsilon_2 = \kappa^2 e^{2i\varphi} \epsilon_1 \end{align} で表す.
ただし \kappa は正実数, \varphi0\leq\varphi\leq\pi/2 を満たす実数である.
以下, 入射角を \alpha=45^\circ としておく.
これは, 市販の光学ミラーには入射角を 45^\circ と要請しているものが多いからである.
以上の条件をまとめておく: \begin{align} \epsilon_2 = \kappa^2 e^{2i\varphi} \epsilon_1, \quad \mu_1\approx\mu_2, \quad \sin\alpha=\cos\alpha=1/\sqrt{2}. \end{align} ただし \epsilon_1, \mu_1 は空気の誘電率透磁率で, \epsilon_2, \mu_2 は鏡(もしくはその表面)の誘電率透磁率である.

反射による位相の変化

では, 鏡で光を反射させたときの位相の変化を調べる.
Fresnelの法則より, 鏡への入射光(振幅は E_{1\mathrm{TM}}E_{1\mathrm{TE}}) と反射光(振幅は E_{1\mathrm{TM}}'E_{1\mathrm{TE}}')の間には次の関係が成り立つ: \begin{align} &\begin{matrix} \displaystyle E_{1\mathrm{TM}}'= \frac{\sqrt{\mu_1/\epsilon_1}\cos\alpha-\sqrt{\mu_2/\epsilon_2}\,k_{2x}/k_2} {\sqrt{\mu_1/\epsilon_1}\cos\alpha+\sqrt{\mu_2/\epsilon_2}\,k_{2x}/k_2} E_{1\mathrm{TM}}, \\ \displaystyle E_{1\mathrm{TE}}' = \frac{\sqrt{\mu_2/\epsilon_2}\cos\alpha-\sqrt{\mu_1/\epsilon_1}\,k_{2x}/k_2} {\sqrt{\mu_2/\epsilon_2}\cos\alpha+\sqrt{\mu_1/\epsilon_1}\,k_{2x}/k_2} E_{1\mathrm{TE}}, \\ \end{matrix} \tag{10} \\ &\quad\, k_{2x}=\sqrt{k_2^2−k_1^2 \sin^2\alpha}, \qquad k_i=2\pi\nu\sqrt{\epsilon_i\mu_i}. \end{align} いま, \begin{align} \frac{k_{2x}}{k_2} &= \sqrt{1−\frac{\epsilon_1\mu_1}{\epsilon_2\mu_2} \sin^2\alpha} = \sqrt{1−\frac{1}{\kappa^2 e^{2i\varphi}}\frac{1}{2}} \\ &= \sqrt{1−\frac{1}{2\kappa^2} e^{-2i\varphi}} \end{align} であるから, これを2つの実数 k>00\leq\phi\leq\pi/2 を用いて \begin{align} &\frac{k_{2x}}{k_2} = k e^{i\phi} \,\Leftrightarrow\, k^2 e^{2i\phi}+\frac{1}{2\kappa^2} e^{-2i\varphi}=1 \tag{11} \end{align} と書いておくと, Fresnelの式は \begin{align} E_{1\mathrm{TM}}' &= \frac{\frac{1}{\sqrt{2}}-\frac{1}{\sqrt{\kappa^2 e^{2i\varphi}}}k e^{i\phi}} {\frac{1}{\sqrt{2}}+\frac{1}{\sqrt{\kappa^2 e^{2i\varphi}}}k e^{i\phi}} E_{1\mathrm{TM}} = \frac{\kappa-\sqrt{2}k e^{i(\phi-\varphi)}}{\kappa+\sqrt{2}k e^{i(\phi-\varphi)}} E_{1\mathrm{TM}}, \\ E_{1\mathrm{TE}}' &= \frac{\frac{1}{\sqrt{\kappa^2 e^{2i\varphi}}}\frac{1}{\sqrt{2}}-k e^{i\phi}} {\frac{1}{\sqrt{\kappa^2 e^{2i\varphi}}}\frac{1}{\sqrt{2}}+k e^{i\phi}} E_{1\mathrm{TE}} = \frac{1-\sqrt{2}\kappa ke^{i(\phi+\varphi)}}{1+\sqrt{2}\kappa ke^{i(\phi+\varphi)}} E_{1\mathrm{TE}} \end{align} となる.
この式を有理化すれば位相の変化を抽出できる.
まず, \begin{align} \frac{a-be^{i\theta}}{a+be^{i\theta}} &= \frac{a-b\cos\theta-ib\sin\theta}{a+b\cos\theta+ib\sin\theta} \\ &= \frac{(a-b\cos\theta-ib\sin\theta)(a+b\cos\theta-ib\sin\theta)} {(a+b\cos\theta+ib\sin\theta)(a+b\cos\theta-ib\sin\theta)} \\ &= \frac{(a-ib\sin\theta)^2-(b\cos\theta)^2}{(a+b\cos\theta)^2+(b\sin\theta)^2} = \frac{a^2-b^2-2iab\sin\theta}{a^2+b^2+2ab\cos\theta} \end{align} であるから, この数 (a-be^{i\theta})/(a+be^{i\theta}) の位相因子 \Theta は \begin{align} \sin\Theta = -\frac{2ab\sin\theta}{\sqrt{(a^2-b^2)^2+(2ab\sin\theta)^2}}, \quad \cos\Theta = \frac{a^2-b^2}{\sqrt{(a^2-b^2)^2+(2ab\sin\theta)^2}} \end{align} で与えられる.
ただし a=b かつ \sin\theta=0 のときは別に考える必要がある(\mathrm{A}).
よってTM波およびTE波の位相因子はそれぞれ \begin{align} &\begin{matrix} \cos\theta_\mathrm{TM} = \displaystyle \frac{\kappa^2-2k^2} {\sqrt{(\kappa^2-2k^2)^2+(2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi-\varphi))^2}},~~~ \\ \sin\theta_\mathrm{TM} = \displaystyle -\frac{2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi-\varphi)} {\sqrt{(\kappa^2-2k^2)^2+(2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi-\varphi))^2}}, \\ \end{matrix} \tag{12-1} \\ &\begin{matrix} \cos\theta_\mathrm{TE} = \displaystyle \frac{1-2\kappa^2k^2} {\sqrt{(1-2\kappa^2k^2)^2+(2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi+\varphi))^2}},~~ \\ \sin\theta_\mathrm{TE} = \displaystyle -\frac{2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi+\varphi)} {\sqrt{(1-2\kappa^2k^2)^2+(2\sqrt{2}\kappa k\sin(\phi+\varphi))^2}} \end{matrix} \tag{12-2} \end{align} と求められる.
これを \epsilon_2/\epsilon_1 = re^{i\theta} の関数として図1(TM波), 図2(TE波)にプロットした.
青い面が \cos 関数, 赤い面が \sin 関数である.
条件 \mathrm{A} によってこれらの関数には定義されない点があるため, 下の図でも不連続点が見られる.

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図1 反射によるTM波の位相変化 図2 反射によるTE波の位相変化

我々が観測できるのは合計の位相変化であるから, TM波に対するTE波の遅れ \delta=\theta_\mathrm{TM}-\theta_\mathrm{TE} は, \begin{align} \cos\delta &= \cos\theta_\mathrm{TM}\cos\theta_\mathrm{TE}+\sin\theta_\mathrm{TM}\sin\theta_\mathrm{TE}, \\ \sin\delta &= \sin\theta_\mathrm{TM}\cos\theta_\mathrm{TE}-\sin\theta_\mathrm{TM}\cos\theta_\mathrm{TE} \end{align} で計算できる.
これをプロットしたものが図3である.
青い面が \cos 関数, 赤い面が \sin 関数である.

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図3 反射による合計の位相変化 図4 \delta=\pm\pi/2 の曲線
(青が +, 赤が -

実際のPhase retarder

では上の結果を踏まえて, 直線偏光の光を誘電率 \epsilon_2 の鏡で反射させたときに, どのような偏光の光が返ってくるかを考える.
直線偏光とは入射波のTM波とTE波の位相差が0ということである (前々回()参照).
上での議論によると, この鏡で反射された光は \delta の(TM波とTE波の)位相差を獲得する.
円偏光はTM波とTE波の位相差が \pm\pi/2 であるから, \delta=\pm\pi/2 となる誘電率 \epsilon_2 を見ればよい.
そのような誘電率\epsilon_2/\epsilon_1 = re^{i\theta} に対して上の図4にプロットした.
青い曲線が \delta=\pi/2(すなわち反射波は右円偏光), 赤い曲線が \delta=-\pi/2(すなわち反射波は左円偏光)に対応している.
つまり, 上の図4を満たすような誘電率を持つ鏡がPhase retarderとなる.

実際には, 狙った誘電率を(実部と虚部を同時に)実現する物質を探すのは困難であるので, 何種類かの誘電体を薄く層状に積み重ねた, 誘電体多層膜が用いられている.
誘電体多層膜を用いれば, 層の厚さや誘電体膜の種類を調整することで, 特定の波長に対して特定の反射率や透過率を実現できる[7][8].

参考文献

[1] http://www.iiviinfrared.com/jp/products/phase_retarders.html, 反射円偏光ミラー, II-VI Incorporated.
[2] http://www.ophiropt.com/co2-lasers-optics/mirrors/90-phase-shift, 90^\circ phase retarder mirror, Ophir Optronics Solutions Ltd.
[3] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%8F%E7%A3%81%E7%8E%87, 透磁率, Wikipedia.
[4] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%A9%BA%E3%81%AE%E8%AA%98%E9%9B%BB%E7%8E%87, 真空の誘電率, Wikipedia.
[5] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%AA%98%E9%9B%BB%E7%8E%87, 比誘電率, Wikipedia.
[6] http://home.sato-gallery.com/research/JEMEA_WG_text20160122.pdf, 物質と光の相互作用-金属の誘電率と電子分極の電子論, 佐藤 勝昭.
[7] https://www.global-optosigma.com/jp/category/opt_d/opt_d03.html, 光学素子 - コーティング, シグマ光機株式会社.
[8] Methods of Altering the Characteristics of a Multilayer Stack, P., W., Baumeister, JOSA, 52, pp.1149-1152 (1962).