古典力学の散乱(散乱1)

良いお年を(長い).

今回は散乱問題について.
散乱とはその通り, 標的に向けて光なり電子なり中性子なりを照射し, その反射もしくは回折の様子から標的の情報を得るものである(とおもう).
その割に実験で得られる回折パターンなどに言及している本があまりない気がしたので, それについての視覚的な内容を書きたいと思う.
最初から量子論だとぼくが辛いので, 古典論について.

追記 2018/1/22に散乱断面積についての記述を追加した.

問題設定

散乱どうこうについて書く前に, 入射粒子と標的粒子の情報を決めておきたい.
まずは入射粒子は半径 r, 質量 m, 電荷 q の球であるとし, 標的粒子は半径 R, 質量 M, 電荷 Q の球とする(M\gg m とする).
図1のように標的粒子と入射粒子を配置し, 入射粒子に z 軸に平行な速度 \boldsymbol{v} を与えたとする.
普通入射粒子は光や電子線のように連続的に照射されるが, ここではまず1つの入射粒子が z 軸からの距離 b で発射されたとする.
なお, この bインパクトパラメータ (Wikipedia 衝突径数) と呼ばれたりもする.

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図1 標的粒子(青)に入射粒子(赤)を照射する 図2 標的粒子(青)と入射粒子(赤)の弾性衝突

インパクトパラメータの関数としての散乱角

まずは遠隔作用が一切なく, 入射粒子と標的粒子が弾性衝突する系を考える.
すなわち, 入射粒子の散乱は粒子同士の衝突のみによって起こる.
すると当然, 入射粒子と標的粒子が衝突し得ない b \geq r+R の場合は考えなくて良い.
以下 b \lt r+R とする.
衝突後の入射粒子(散乱粒子)の速度ベクトルを \boldsymbol{v}', 標的粒子の速度ベクトルを \boldsymbol{u} とする.
\boldsymbol{v}\boldsymbol{v}' の成す角 \theta は散乱角と呼ばれるが, これはインパクトパラメータと1対1対応する(図2).
図2のように入射粒子の速度ベクトル \boldsymbol{v} と衝突面が成す角を \theta' とすると, 運動量保存, エネルギー保存から \begin{align} mv\cos\theta' &= mv'\cos(\theta-\theta'), \\ mv\sin\theta' &= Mu-mv'\sin(\theta-\theta'), \\ \frac{1}{2}mv^2 &= \frac{1}{2}mv'^2+\frac{1}{2}Mu^2, \end{align} すなわち \begin{align} v' &= v\frac{\cos\theta'}{\cos(\theta-\theta')}, \\ u &= v \frac{m}{M} \left(\sin\theta'+\tan(\theta-\theta')\cos\theta'\right), \\ 1 &= \frac{\cos^2\theta'}{\cos^2(\theta-\theta')} + \frac{m}{M} \left( \sin\theta'+\tan(\theta-\theta')\cos\theta' \right)^2 \end{align} となる.
これを解くと \begin{align} \tan\theta &= \frac{M\sin2\theta'}{m+M\cos2\theta'} \tag{1} \end{align} を得る(証明は[1]).
また, \theta'幾何学的に \begin{align} \cos\theta'=\frac{b}{r+R} \tag{2} \end{align} と分かるから, \xi=b/(r+R) とすれば散乱角 \theta は \begin{align} \theta = \mathrm{arc tan}\frac{2M\xi\sqrt{1-\xi^2}}{m+M(2\xi^2-1)} \tag{3} \end{align} となり, もしくは逆に \begin{align} \xi^2 = \frac{M(1+\tan^2\theta)-m\tan^2\theta\pm\sqrt{M^2(1+\tan^2\theta)-m^2\tan^2\theta}} {2M(1+\tan^2\theta)} \tag{3$^\prime$} \end{align} が得られる.
ただし b=0 のとき \theta=\pi, b=r+R のとき \theta=0 より, 複号は \theta\lt\pi/2 のとき +, \theta\geq\pi/2 のとき - となる.

実測される回折像

先にも述べたように, 実際には複数の入射粒子が連続的に複数の標的粒子に降り注ぐ.
入射粒子が一様なビームをなし, 標的粒子がビーム径より広く分布していたとする.
その場合散乱角の関数としての回折強度 I(\theta) は, (3) 式から計算できる:
インパクトパラメータが (b,b+db) の間であった入射粒子の散乱角が (\theta,\theta+d\theta) で観測されたとすると, それぞれ z 軸に垂直な薄いドーナツ状円盤の粒子数保存より \begin{align} I(\theta) 2\pi\sin\theta d\theta = 2\pi b|db| \iff I(\theta) &= \frac{b}{\sin\theta} \left| \frac{db}{d\theta} \right| \tag{4} \end{align} となり, ここから回折強度 I(\theta) が理論的に計算できる(実際に計算することはここではしない).
なお, (4) 式の絶対値は db/d\theta<0 より I(\theta) が負になることを避けるための因子である.
また, 散乱問題に関してよく目にする物理量として, 散乱断面積 (Wikipedia: 散乱断面積) というものがある.
散乱の(全)断面積 \sigma は古典的には標的粒子の断面積を表すもので,

\begin{align}
\sigma= \int_0^\pi 2\pi I(\theta)\sin\theta d\theta \tag{5}
\end{align}

で計算される.
今のケースにこれを適用すると,

\begin{align}
\sigma &= \int_0^\pi 2\pi I(\theta)\sin\theta d\theta \\
&= 2\pi \int_0^{r+R} bdb = (r+R)^2 \pi
\end{align}

となり, きちんと入射粒子の断面積と一致する.

ところで, 観測される像は2通り考えられる.
1つ目は小角散乱と呼ばれるもので, z 軸に対して垂直なスクリーンに降り注ぐ散乱粒子のカウント数を見るものである (\theta=0 の散乱粒子はビームダンパーなどでブロックする).
もう1つが広角散乱と呼ばれるもので, 散乱点から一様な距離の円形帯状に移動できる観測装置に降り注ぐ散乱粒子のカウント数を見るものである.
これらの概観を図3に示した.
広角散乱の場合得られる回折像は (4) 式で計算される(図4).
一方小角散乱の場合, 得られる像は I(x,y) とでも表される2次元像であり, \begin{align} \tan{\theta}=\frac{\sqrt{x^2+y^2}}{L} \end{align} と変数を変換する必要がある(L は標的からスクリーンまでの距離).
よって小角散乱によって得られる回折像は図5のようになる.

ところで図4をみればわかるとおり, このような弾性衝突による散乱では散乱角が増すほど散乱強度も増す.
これはあまり回折と呼ぶにはふさわしくないので, 次節で散乱角が増すほど散乱強度が減る例を扱う.

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図3 小角散乱と広角散乱 図4 弾性衝突による広角回折像
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図5 弾性衝突による小角回折像 図6 ラザフォード散乱の回折像

ラザフォード散乱

次に近接作用が一切なく, 入射粒子と標的粒子がCoulomb相互作用する系を考える.
このような散乱はRutherford散乱 (Wikipedia: ラザフォード散乱) と呼ばれ, 歴史的にも重要である.
標的粒子に対する入射粒子の位置ベクトルを \boldsymbol{r} とすると, 入射粒子の運動方程式は \begin{align} m\ddot{\boldsymbol{r}} = \frac{qQ}{4\pi\epsilon_0} \frac{\boldsymbol{r}\,~}{|\boldsymbol{r}|^3} \tag{6} \end{align} である(\dot{} は時間微分 d/dt を表す).
ただし標的原子は入射電子より十分重く, 静止していると仮定した.
極座標を用いて (6) 式を変形すると, \begin{align} \ddot{r}-r\dot{\theta}^2 &= C\frac{1}{r^2}, \tag{6$^\prime$} \\ 2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta} &= 0. \end{align} ただし r=|\boldsymbol{r}|, \theta=\arg{\boldsymbol{r}}, C=qQ/4\pi\epsilon_0m.
第2式は角運動量 L=mr^2\dot{\theta} の保存を表す.
第1式は u=1/r として変数変換を行うと, \begin{align} \frac{du}{d\theta} &= \frac{dt}{d\theta}\frac{d}{dt}\frac{1}{r} = \frac{-\dot{r}}{\dot{\theta}r^2} = -\frac{m\dot{r}}{L}, \\ \frac{d^2u}{d\theta^2} &= \frac{dt}{d\theta}\frac{d}{dt}\frac{du}{d\theta} = -\frac{m\ddot{r}}{L\dot{\theta}} = -\frac{m^2\ddot{r}}{L^2u^2} \end{align} より, \begin{align} (\mathrm{lhs}) &= -\frac{L^2u^2}{m^2}\frac{d^2u}{d\theta^2} -\frac{L^2u^3}{m^2}, \\ (\mathrm{rhs}) &= Cu^2, \end{align} すなわち \begin{align} \frac{d^2u}{d\theta^2}+u= -\frac{Cm^2}{L^2} \tag{7} \end{align} となる.
この運動方程式はBinet方程式と呼ばれ (Wikipedia: ビネ方程式), 今の場合は容易に解くことができる: \begin{align} u(\theta) = -\frac{Cm^2}{L^2} + c_1\sin\theta + c_2\cos\theta. \end{align} これが入射粒子の軌跡となる.
初期条件(\theta=\pi のとき r=\infty, u=0, \dot{r}=v)より, \begin{align} u(\theta) &= \frac{mv}{L} \sin\theta - \frac{Cm^2}{L^2} (1+\cos\theta) \\ &\iff r = \frac{-L^2/Cm^2}{1+\cos\theta-Lv/Cm\,\sin\theta} \tag{8} \end{align} となる.
これは離心率が e=\sqrt{1+(Lv/Cm)^2}\gt 1 の二次曲線すなわち双曲線を表す (Wikipedia: 軌道離心率).
散乱角は, r=\infty \iff u=0 を解いて \begin{align} &\left( 1+(Lv/Cm)^2 \right) \cos^2\theta+2\cos\theta+1-(Lv/Cm)^2 = 0, \\ &\iff~ \cos\theta = -\frac{1\pm (Lv/Cm)^2}{1+(Lv/Cm)^2}, \end{align} すなわち \begin{align} \cos\theta = \frac{1- (Cm/Lv)^2}{1+(Cm/Lv)^2} &\iff \tan\frac{\theta}{2} = \frac{Cm}{Lv} \\ &\iff \theta = 2\mathrm{arc tan}\frac{Cm}{Lv} \tag{9} \end{align} とわかる.
(9) 式をインパクトパラメータ b を用いて表せば, 後は前半のように回折強度 I(\theta) が求まる.
L=mr^2\dot{\theta}\theta\to\pi の極限では \begin{align} \tan\theta = \frac{b}{vt} \iff \dot{\theta} = -\frac{bv}{v^2t^2+b^2} \end{align} より L=mvb となるので, \begin{align} \theta = 2\mathrm{arc tan}\frac{qQ}{4\pi\epsilon_0mv^2b}. \tag{9$^\prime$} \end{align} 以上と (4) 式より回折強度が \begin{align} I(\theta) = \left( \frac{qQ}{8\pi\epsilon_0mv^2} \right)^2 \frac{1}{\sin^4(\theta/2)} \tag{10} \end{align} と計算できる.
参考までに, この場合の小角散乱による回折像を図6に載せた.
ところでRutherford散乱の全断面積を計算すると,

\begin{align}
\sigma &= \int_0^\pi 2\pi I(\theta)\sin\theta d\theta \\
&= 2\pi \int_0^\infty bdb = \infty
\end{align}

と発散する.
これはCoulombポテンシャルの影響が無限遠まで及ぶことに起因する[2].
よってこのままでは断面積という物理量が意味を成さなくなってしまうので, 積分区間を制限して使用することが多い.
例えばRutherford散乱では後方散乱角 \theta=\pi/2\to\pi として, 小角散乱では \theta=0\to\delta\delta はスクリーンの大きさに依存する)などとするようだ.

参考文献

[1] https://physnotes.jp/mechanics/elacolli2d/, 固定標的との2次元弾性衝突, 高校物理の備忘録.
[2] http://www.th.phys.titech.ac.jp/~muto/lectures/INP02/INP02_chap02.pdf 第2章 Rutherford散乱, 武藤研究室.
[3] http://www.th.phys.titech.ac.jp/~muto/lectures/Gmech08/chap06.pdf, 第6章 中心力のもとでの運動, 武藤研究室.
[4] 散乱の量子論, 砂川 重信, 岩波書店, 1977.