こんにちは. unvです.
ぶっちゃけ最近の更新は2回とも古典光学というか算数で, あまり計算している途中は楽しくなかったですね.
計算していて楽しいものなんてあんまりない気もしますが, もう少しやってて楽しい計算をしたくなったので, 今回は近年流行りのスピン軌道相互作用について書いてみたいと思います.
具体的には, 自由電子のハミルトニアンからスピン軌道相互作用を導出してみます.
てかこのブログのエントリー見てたら今までに量子力学って扱ったことなかったですね.
記念すべきunvの量子力学の1ページ目です(?)
電磁場中の電子のディラックハミルトニアン
自由電子のハミルトニアンから出発する.
電子の速度が光速度 に比べて非常に遅いときには自由電子のハミルトニアン
は
\begin{align}
{\mathcal{H}}_{\mathrm{nonrel}} = -\frac{\boldsymbol{p}^2}{2m}, \quad \boldsymbol{p} = -i\hbar\nabla \tag{A}
\end{align}
で書かれるが, スピン軌道相互作用のような相対論的効果を加味したいときにはこのハミルトニアンを用いることはできない.
このときには波動方程式
\begin{align}
i\hbar\frac{d}{dt}\psi = \mathcal{H}\psi \tag{1}
\end{align}
が時間の1次微分を含むことからハミルトニアンは空間の1次微分を含むと考えて, ハミルトニアン(A)を線形化する:
\begin{align}
{\mathcal{H}} = \alpha_0 mc^2 + \boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p}c. \tag{B}
\end{align}
ここで , は今はまだ不定の定数である.
, を決めるために相対論からの帰結であるエネルギーと運動量の関係
\begin{align}
E^2 = p^2c^2+m^2c^4 \tag{2}
\end{align}
に(B)を代入すると,
\begin{align}
p^2c^2+m^2c^4 = \alpha_0^2m^2c^4
+ (\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p}\alpha_0 + \alpha_0\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p})mc^3
+ (\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p})(\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p}) c^2.
\end{align}
各項の係数を比べて,
\begin{align}
\alpha_0^2 = 1, \quad [\alpha_0,\alpha_i]_+ = 0, \quad [\alpha_i,\alpha_j]_+ = 2\delta_{ij} \tag{3}
\end{align}
が得られる (, ).
ここで はクロネッカーのデルタ (Wikipedia: クロネッカーのデルタ).
これらの条件は, パウリ行列 (Wikipedia: パウリ行列)
\begin{align}
\sigma_x = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad
\sigma_y = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad
\sigma_z = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \tag{4}
\end{align}
を用いて書き表した 行列
\begin{align}
\alpha_0 = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix}, \quad
{\alpha}_i = \begin{pmatrix} 0 & \sigma_i \\ \sigma_i & 0 \end{pmatrix} \tag{5}
\end{align}
で満たされる.
こうして自由電子のディラックハミルトニアンが導かれた.
電磁場中の電子のハミルトニアンはパイエルスの置き換えによって
\begin{align}
{\mathcal{H}} = \alpha_0 mc^2
+ \boldsymbol{\alpha} \cdot \left(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A}\right)c + e\phi \tag{6}
\end{align}
である.
ただし , はベクトルポテンシャルおよびスカラーポテンシャル.
フォルディ-ヴォートホイゼン変換
ディラックハミルトニアンにおいて , が 行列であるということは, その解となる波動関数は4つの成分を持つということを意味する.
これは正のエネルギーを持つ電子の解が2つ (アップスピンとダウンスピン) と, 負のエネルギーを持つ反粒子 (=陽電子) の解が2つあることに対応する.
陽電子の生成には のオーダーのエネルギーが必要であり, 今考えたいスピン軌道相互作用のエネルギースケールはそれより十分小さいから, 正エネルギーの解のみを考える方が都合が良い.
これには2つの方法がある. 1つは固有値方程式
\begin{align}
{\mathcal{H}}\begin{pmatrix} \psi_1 \\ \psi_2 \end{pmatrix}
= E \begin{pmatrix} \psi_1 \\ \psi_2 \end{pmatrix} \tag{7}
\end{align}
を および について
\begin{align}
(E-mc^2-e\phi)\psi_1
&= (\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A})) \frac{c^2}{E-e\phi+mc^2} (\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A})) \psi_1, \tag{8} \\
\psi_2
&= \frac{\boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A})c}{E-e\phi+mc^2} \psi_1 \tag{9}
\end{align}
と解き, これを
\begin{align}
\frac{1}{E-e\phi+mc^2} \approx \frac{1}{mc^2} \left(1-\frac{E-e\phi}{mc^2} \right) \tag{10}
\end{align}
と近似する方法である.
これはかなり泥臭い方法となる.
もう1つはユニタリ変換の1つであるフォルディ-ヴォートホイゼン変換 (en.Wikipedia: Foldy–Wouthuysen transformation) を用いる方法である.
ここではこの方法を用いる: 時間依存する波動関数 をユニタリ行列 でユニタリ変換すると
\begin{align}
\mathcal{H}\psi=i\hbar\frac{d}{dt}\psi
&=i\hbar\frac{d}{dt}e^{-i\mathcal{S}}\psi'
= i\hbar\frac{de^{-i\mathcal{S}}}{dt}\psi' + e^{-i\mathcal{S}}i\hbar\frac{d}{dt}\psi' \\
&= i\hbar\frac{de^{-i\mathcal{S}}}{dt}\psi' + e^{-i\mathcal{S}}\mathcal{H}'\psi'
\end{align}
なので, ハミルトニアンは
\begin{align}
\mathcal{H} \to \mathcal{H}'
= e^{i\mathcal{S}}\mathcal{H}e^{-i\mathcal{S}} -i\hbar e^{i\mathcal{S}} \frac{de^{-i\mathcal{S}}}{dt} \tag{11}
\end{align}
と変換される.
いまハミルトニアンの中身を と交換するかどうかで
\begin{align}
\mathcal{H} = \alpha_0 mc^2 + \mathcal{E} + \mathcal{O} \tag{12}
\end{align}
と分ければ, (even) は の項, すなわち .
(odd) は の項, すなわち である.
ベイカー-キャンベル-ハウスドルフの公式 (en.Wikipedia: Baker–Campbell–Hausdorff formula) より
\begin{align}
e^{i\mathcal{S}} \mathcal{H} e^{-i\mathcal{S}}
&= \mathcal{H} + i[\mathcal{S},\mathcal{H}]_-
+ \frac{i^2}{2!}[\mathcal{S},[\mathcal{S},\mathcal{H}]_-]_- \\
&\quad + \frac{i^3}{3!}[\mathcal{S},[\mathcal{S},[\mathcal{S},\mathcal{H}]_-]_-]_- + \cdots \tag{13}
\end{align}
が成り立つから, を ] (すなわち ) でユニタリ変換すれば,
\begin{align}
\mathcal{H}' &= e^{\frac{\alpha_0\mathcal{O}}{2mc^2}} \mathcal{H} e^{-\frac{\alpha_0\mathcal{O}}{2mc^2}}
+ e^{i\mathcal{S}} \frac{de^{-i\mathcal{S}}}{dt} \\
&= \mathcal{H} + \frac{1}{2mc^2}[\alpha_0\mathcal{O},\mathcal{H}]_-
+ \frac{1}{8m^2c^4}[\alpha_0\mathcal{O},[\alpha_0\mathcal{O},\mathcal{H}]_-]_- + \cdots, \\
&\quad +\frac{i\hbar}{2mc^2}\alpha_0\dot{\mathcal{O}}
+ \frac{i\hbar}{8m^2c^4}[\alpha_0\mathcal{O},\alpha_0\dot{\mathcal{O}}]_-\cdots \tag{14}
\end{align}
となる. この中身は
\begin{align}
[\alpha_0\mathcal{O},\mathcal{H}]_-
&= -2mc^2\mathcal{O}+\alpha_0[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-+2\alpha_0\mathcal{O}^2, \\
[\alpha_0\mathcal{O},[\alpha_0\mathcal{O},\mathcal{H}]_-]_-
&= -4mc^2\alpha_0\mathcal{O}^2-[\mathcal{O},[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-]_--4\mathcal{O}^2, \\
&\vdots \\
[\alpha_0\mathcal{O},\alpha_0\dot{\mathcal{O}}]_-
&= -[\mathcal{O},\dot{\mathcal{O}}]_-, \\
&\vdots
\end{align}
などと続く.
これらを と交換するかどうかで整理すると, (14)式は
\begin{align}
\mathcal{H}'
&= \alpha_0\left(mc^2 + \frac{\mathcal{O}^2}{mc} - \frac{\mathcal{O}^4}{8m^3c^6} + \mathrm{higher~order~terms} \right) \\
&\quad + \mathcal{E} -\frac{1}{8m^2c^4}[\mathcal{O},[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-]_- -\frac{i\hbar}{8m^2c^4}[\mathcal{O},\dot{\mathcal{O}}]_- + \mathrm{h.o.t} \\
&\quad + \frac{\alpha_0}{2mc^2}[\mathcal{O},\mathcal{E}]_- + \frac{i\hbar}{2mc^2}\alpha_0\dot{\mathcal{O}} +\mathrm{h.o.t} \tag{14'}
\end{align}
に整理される.
さらにもう一度フォルディ-ヴォートホイゼン変換を行う.
(14')式より は
\begin{align}
\mathcal{H}' = \alpha_0 (mc^2 + \cdots) + \mathcal{E}' + \frac{1}{mc^2}\mathcal{O}' \tag{12'}
\end{align}
と分解できる, すなわち の項は に関して次となる.
ここに を ] でユニタリ変換すると,
\begin{align}
\mathcal{H}'' = \alpha_0 (mc^2 + \cdots) + \mathcal{E}'' + \frac{1}{m^2c^4}\mathcal{O}'' \tag{12''}
\end{align}
と の項は に関して次になる.
これは1回目のフォルディ-ヴォートホイゼン変換が の項の に対する次数を0次から次に1つ下げたのと全く同様である.
すなわちフォルディ-ヴォートホイゼン変換はハミルトニアンから の項を無視できる次数まで落とす役割を果たす.
フォルディ-ヴォートホイゼン変換を繰り返し実行すれば,
最後に残るのは(14')式のうち に関して低次の項である:
\begin{align}
\mathcal{H}_\mathrm{nonrel}
&\approx mc^2 + \frac{\mathcal{O}^2}{2mc^2} - \frac{\mathcal{O}^4}{8m^3c^6} \\
&\quad + e\phi - \frac{1}{8m^2c^4} \left[\mathcal{O},[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-+i\hbar\dot{\mathcal{O}}\right]_-. \tag{C}
\end{align}
スピン軌道相互作用項などの導出
(C)式各成分の物理的意味を考える.
\begin{align}
\frac{\mathcal{O}^4}{8m^3c^6}
&\approx \frac{\boldsymbol{p}^4}{8m^3c^2}, \tag{15} \\
[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-
&= \boldsymbol{\alpha} \cdot (\boldsymbol{p}e\phi)c
= -ice\hbar\boldsymbol{\alpha} \cdot \nabla\phi, \\
i\hbar\dot{\mathcal{O}} &= -ice\hbar\boldsymbol{\alpha} \cdot \frac{d}{dt}\boldsymbol{A}, \\
[\mathcal{O},\mathcal{E}]_- + i\hbar\dot{\mathcal{O}}
&= ice\hbar \boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{E}.
\end{align}
またパウリ行列の性質を用いれば
\begin{align}
\frac{\mathcal{O}^2}{2mc^2}
&= \frac{(\boldsymbol{\alpha} \cdot (\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A}))^2}{2m} \\
&= \frac{(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A})^2}{2m}
- \frac{e\hbar}{2m} \boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B}, \tag{16} \\
\frac{1}{8m^2c^4}\left[\mathcal{O},[\mathcal{O},\mathcal{E}]_-+i\hbar\dot{\mathcal{O}}\right]_-
&\approx \frac{ie\hbar}{8m^2c^2} [\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{p},\boldsymbol{\alpha} \cdot \boldsymbol{E}]_- \\
&= \frac{e\hbar^2}{8m^2c^2}\nabla\cdot\boldsymbol{E} \\
&\quad- \frac{e\hbar}{8m^2c^2} \boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{p}\times\boldsymbol{E}-2\boldsymbol{E}\times\boldsymbol{p}). \tag{17}
\end{align}
以上を全て合わせると
\begin{align}
\mathcal{H}_\mathrm{nonrel} &\approx
mc^2 + \frac{(\boldsymbol{p}-e\boldsymbol{A})^2}{2m} - \frac{\boldsymbol{p}^4}{8m^3c^2}
+ e\phi - \frac{e\hbar}{2m} \boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{B} \\
& - \frac{e\hbar^2}{8m^2c^2}\nabla\cdot\boldsymbol{E}
+ \frac{e\hbar}{8m^2c^2} \boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{p}\times\boldsymbol{E}-2\boldsymbol{E}\times\boldsymbol{p}) \tag{C'}
\end{align}
が得られる.
(C')式第1項は質量および運動エネルギー項である.
特に第1項内の の項は質量速度項と呼ばれ, 相対論による運動エネルギーの補正の最低次である.
第2項はスカラーポテンシャル項, 第3項は電子スピンと磁場の相互作用項である.
第4項はダーウィン項 (Wikipedia: 微細構造 (原子物理学) #ダーウィン項) と呼ばれ, 波動関数の負エネルギーの成分に由来する電子のジグザグ運動 (zitterbewegung, Wikipedia: ツィッターベヴェーグンク) によるクーロン相互作用の補正項である.
第5項がスピン軌道相互作用を表す.
簡単のためにベクトルポテンシャルが時間変化せず (), スカラーポテンシャルが球対称であるとすると,
\begin{align}
\mathcal{H}_\mathrm{SO} &= -\frac{e\hbar}{4m^2c^2} \boldsymbol{\sigma}\cdot(\boldsymbol{E}\times\boldsymbol{p}) \tag{18} \\
&= -\frac{e\hbar}{4m^2c^2}
\boldsymbol{\sigma}\cdot\left(-\frac{\partial \phi}{\partial r} \frac{\boldsymbol{r}}{r} \times\boldsymbol{p}\right) \\
&= +\frac{e\hbar^2}{4m^2c^2} \frac{\partial \phi/\partial r}{r} \boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{l} \tag{19}
\end{align}
もしくは
\begin{align}
\mathcal{H}_\mathrm{SO} = \frac{e}{2m^2c^2} \frac{\partial \phi/\partial r}{r} \boldsymbol{L}\cdot\boldsymbol{S} \tag{19'}
\end{align}
となる.
ここで軌道角運動量演算子およびスピン角運動量演算子
\begin{align}
\hbar\boldsymbol{l} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p}, \quad
\boldsymbol{L} = \boldsymbol{r}\times\boldsymbol{p}, \quad
\boldsymbol{S} = \frac{\hbar}{2}\boldsymbol{\sigma} \tag{20}
\end{align}
を導入した.
スピン角運動量演算子と軌道角運動量演算子が結合しているので, これは確かにスピン軌道相互作用であることがわかる.
以上の結果はディラック方程式にブライト-パウリ近似 (en.Wikipedia: Breit equation) を適用しても得られます.
フォルディ-ヴォートホイゼン変換はハミルトニアンを対角化しつつ相対論的補正項を残すものでしたが, ブライト-パウリ近似もやっていることとしてはあまり変わらないと思います.
教科書の多くにおいては, スピン軌道相互作用を導入するときには電子から見た原子核の運動がどうとか, トーマス歳差 (en.Wikipedia: Thomas precession) がどうとかの言及で済ませていますが, それはハミルトニアンをきちんと導出するのが結構大変だからなんですかね.
実際に計算して身に沁みました.
記事でも最初の方はきちんと書いていたのに最後の方は割と途中式を飛ばしがちになっている気がしますが, それは書いている途中で疲労困憊してしまったからです, 申し訳ない.
最後にいくつか参考文献を示して終わりにします.
読んでくださってありがとね☆
参考文献
今回のような基礎物理学的な内容には膨大な参考文献が挙げられると思いますが, ぼくがこの記事をを書くときに目を通した本だけ書いておきます.
[1] 量子力学I, II, 猪木 慶治 & 川合 光 (KS物理専門書, 1994).
[2] 多体問題 (朝倉物理学大系9), 高田 康民 (朝倉書店, 1999).
[3] 固体電子の量子論, 浅野 健一 (東京大学出版会 2019).
[4] 磁性の量子論 第3版, ロバート M. ホワイト, 西岡 孝 訳 (森北出版, 2021).