古典原子の散乱(散乱3)

卒業論文には勝てなかったよ...
前回からかなり時間が空いてしまったが, 今回は少しだけ前々回の記事() の補足をした後, 原子の電子線回折について書こうと思う.

以前の記事の補足

以前の記事ではRutherford散乱について述べた.
Rutherford散乱とは, 電荷 q の入射粒子と電荷 Q の標的粒子の間にCoulomb力のみが働くときの散乱現象である.
さてRutherfordといえば, 金薄膜に \alpha 粒子を照射し, 原子の正電荷が中心に集中していることを証明したことが有名であるが (Wikipedia: ラザフォードの原子模型)[1], それをここで簡単に証明しておく.
問題は先の状況から次のように変更される: e を電気素量として
電荷 +2e の入射粒子と, 正の電荷分布 +e\rho_+(\boldsymbol{r}) および負の電荷分布 -e\rho_-(\boldsymbol{r}) を持つ標的粒子の間にCoulomb力のみが働く.
ただし電荷分布 \rho_\pm(\boldsymbol{r}) の空間全体での積分は \begin{align} \int d\boldsymbol{r}\,\rho_\pm(\boldsymbol{r}) = N \end{align} と, 等しく正整数となる(N は標的の金原子の電子の数で, 標的原子は電気的に中性なので).
たとえばJ. J. Thomsonの原子模型 (Wikipedia: ブドウパンモデル) では原子の正電荷負電荷はほぼ一様に分布しているため \begin{align} \rho_+(\boldsymbol{r}) \approx \rho_-(\boldsymbol{r}) \tag{1a} \end{align} と出来る一方, Rutherfordの原子模型では正電荷は原子の中心に集中しているので \begin{align} \rho_+(\boldsymbol{r}) = N\delta(\boldsymbol{r}) \tag{1b} \end{align} と書くことが出来る(\deltaデルタ関数).
前回に倣うと, 入射粒子についての運動方程式は \begin{align} m\ddot{\boldsymbol{r}} = \frac{2e^2}{4\pi\epsilon_0} \int d\boldsymbol{r}' \frac{\rho_+(\boldsymbol{r}')-\rho_-(\boldsymbol{r}')}{|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|^3} (\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}') \tag{2} \end{align} となる.
これに (\mathrm{1a}) 式を用いると右辺はほとんど0となり, 入射粒子はほとんど散乱されないと分かる.
よって広角(\theta>\pi/2)での散乱が起こったという事実から, J. J. Thomsonの原子模型は否定される.
一方Rutherfordの原子模型では運動方程式が \begin{align} &m\frac{d^2}{dt^2} \begin{pmatrix} x \\ y \\ z \end{pmatrix} = - \begin{pmatrix} \partial V/\partial x \\ \partial V/\partial y \\ \partial V/\partial z \end{pmatrix}, \tag{2$^\prime$} \\ &V(\boldsymbol{r}) = \frac{2Ne^2}{4\pi\epsilon_0}\frac{1}{|\boldsymbol{r}|} - \frac{2e^2}{4\pi\epsilon_0} \int d\boldsymbol{r}' \frac{\rho_-(\boldsymbol{r}')}{|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|} \end{align} となり, たRutherford散乱と同様に広角での散乱が起こりうる.
V(\boldsymbol{r}) の第1項は前回現れたCoulombポテンシャルと等しく, 第2項が入射粒子が標的原子の電子から受ける引力を表す.
入射粒子が標的粒子から遠いうちはこれら正負の電荷(によるCoulomb力)が打ち消しあい, 入射粒子に力は働かない.
しかし入射粒子が標的粒子に近づくと第2項は急激に弱くなり, 入射粒子は Ne より小さい正電荷を持つ粒子による散乱と同様の挙動を示す(screening)[2].
なお, 以上のことは下でもう少し詳しく議論する.

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図1 Rutherford散乱の軌跡.
左からインパクトパラメータ b で入射してきた粒子が散乱角 \theta 方向に散乱される.
図2 標的原子(右)に入射電子(左上)を照射する. 標的粒子中心の赤い点が原子核, 青い領域が電子分布 \rho(\boldsymbol{r}) を表す.

中性原子による電子の散乱

ではやっと電子線回折の内容に入る.
十分重い電気的に中性の原子に質量 m, 電荷 -e の電子を入射させる.
標的原子は上と同様 \begin{align} \int d\boldsymbol{r}\,\rho_\pm(\boldsymbol{r}) = N, \quad \rho_+(\boldsymbol{r}) = N\delta(\boldsymbol{r}) \tag{3} \end{align} の正負の電荷分布を持つとする.
以下入射電子の位置を球座標で \begin{align} \boldsymbol{r} = \begin{pmatrix} x \\ y \\ z \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} r\sin\theta\cos\phi \\ r\sin\theta\sin\phi \\ r\cos\theta \end{pmatrix} \end{align} と表し, 時間微分 d/dt\dot{} で表すとする.
入射電子の角運動量 \boldsymbol{L} は, \begin{align} \boldsymbol{L} = \begin{pmatrix} L_x \\ L_y \\ L_z \end{pmatrix} = mr^2 \begin{pmatrix} -\dot{\theta}\sin\phi -\dot{\phi}\sin\theta\cos\theta\cos\phi \\ +\dot{\theta}\cos\phi -\dot{\phi}\sin\theta\cos\theta\sin\phi \\ \dot{\phi}\sin^2\theta \end{pmatrix}. \tag{4} \end{align} また運動方程式(2') 式を書き換えて[3], \begin{align} &m \begin{pmatrix} d/dt~\dot{r} -mr(\dot{\theta}^2 + \dot{\phi}^2 \sin^2\theta)\\ d/dt~(mr^2\dot{\theta}) -mr^2\dot{\phi}^2 \sin\theta\cos\theta \\ d/dt~(mr^2\dot{\phi}\sin^2\theta) \end{pmatrix} = - \begin{pmatrix} \partial V/\partial r \\ \partial V/\partial \theta \\ \partial V/\partial \phi \end{pmatrix}, \\ &V(\boldsymbol{r}) = -\frac{Ne^2}{4\pi\epsilon_0} \frac{1}{r} + \frac{e^2}{4\pi\epsilon_0} \int d\boldsymbol{r}' \frac{\rho_-(\boldsymbol{r}')}{|\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'|}. \\ \iff & \begin{pmatrix} m\ddot{r} -mr(\dot{\theta}^2 +\dot{\phi}^2\sin^2\theta) \\ -\dot{L_x}\sin\phi + \dot{L_y}\cos\phi \\ \dot{L_z} \end{pmatrix} = - \begin{pmatrix} \partial V/\partial r \\ \partial V/\partial \theta \\ \partial V/\partial \phi \end{pmatrix} \tag{5} \end{align} となる.
もしCoulombポテンシャル V(\boldsymbol{r}) に方向依存性がなく \partial V/\partial\theta=\partial V/\partial\phi =0 が成り立つとすれば, (5) 式は \begin{align} &m\ddot{r} -mr(\dot{\theta}^2 +\dot{\phi}^2\sin^2\theta) = -\frac{\partial V}{\partial r}, \\ &\dot{L_x}=\dot{L_y}=\dot{L_z}=0 \end{align} を与え, 第2式(これは \phi不定性より導かれる)は角運動量の保存を表す.
z 軸を入射粒子の初期速度ベクトルと平行にとれば, \phi=\mathrm{const}. とできて \begin{align} \ddot{r} -r\dot{\theta}^2 = -\frac{1}{m}\frac{\partial V}{\partial r} \tag{6} \end{align} となる(これは前々回の (6') 式に対応する).
もし標的原子がランダムに配置されていれば非対称項の影響が平均化されるので, たとえCoulombポテンシャルが球対称でなくとも (6) 式は成り立つ.
たいていの場合この仮定は成り立ち, また (6) 式の右辺はGaussの法則 (Wikipedia: ガウスの法則) より \begin{align} (\mathrm{rhs}) &= -\frac{Ne^2}{4\pi\epsilon_0m} \frac{1}{r^2} +\frac{e}{m} E_-(r), \\ E_-(r) &= \frac{e}{4\pi r^2\epsilon_0} \int_0^r dr' 4\pi r'^2\rho_-(r'), \end{align} すなわち前回に倣って C=-e^2/4\pi\epsilon_0m, L_y=mr^2\dot{\theta}=mvbbインパクトパラメータ, v は入射電子の速度)として \begin{align} \ddot{r} -\frac{L_y^2}{m^2r^3} &= \frac{C}{r^2} \left( N - \int_0^r dr' 4\pi r'^2\rho_-(r') \right). \\ \iff~\frac{d^2}{d\theta^2}r^{-1}+r^{-1} &= -\frac{Cm^2}{L_y^2} \left( N - \int_0^r dr' 4\pi r'^2\rho_-(r') \right) \tag{6$^\prime$} \end{align} が入射粒子の軌跡を与える(これは u=r^{-1} とすれば前々回の (7) 式に対応する).
残念ながら, この微分方程式は右辺に r を含むので解くことはできないので (補足), (6') 式の挙動を説明してお茶を濁すことにする.
まず (3) 式より \begin{align} \int_0^\infty dr' 4\pi r'^2 \rho_-(r') =N \tag{3$^\prime$} \end{align} であるので, r が大きいうち(すなわち入射電子が標的原子から遠いうち) は (6') 式の右辺は0であり. 入射電子の直線運動によって r は次第に減少する.
すると (6') 式の右辺の積分項が N より小さくなり, すなわち Rutherford散乱と同様にして散乱が起こる.

補足について

Rutherford散乱では, (6') 式の解 u=r^{-1}=u(\theta;b) に対する方程式 u(\theta;b)=0 を解いて, b=f_\mathrm{R}(\theta) (ここで \theta極座標偏角から特定の散乱角に変わったことに注意), 更にRutherford散乱の回折強度 \begin{align} I_\mathrm{R}(\theta) &= \frac{b}{\sin\theta}\frac{db}{d\theta} \\ &= \left( \frac{e^2}{8\pi\epsilon_0mv^2} \right)^2 \left(\frac{N}{\sin^2(\theta/2)} \right)^2 \end{align} が得られました.
原子による電子の散乱では, 上記の方法からインパクトパラメータ b と散乱角 \theta の関係 b=f_\mathrm{atom}(\theta) は求まらないので, 原子による散乱の回折強度 I_\mathrm{atom}(\theta) の具体的な表式も求まらないと思われます.
一方, 量子論的考察から I_\mathrm{atom}(\theta) は \begin{align} I_\mathrm{a tom}(\theta) &= \left( \frac{e^2}{8\pi\epsilon_0mv^2} \right)^2 \left( \frac{N-A(\theta)}{\sin^2(\theta/2)} \right)^2, \\ A(\theta) &= \int_0^\infty dr' 4\pi r'^2 \rho_-(r') \frac{\sin(r's)}{r's}, \\ s &= 2\frac{mv}{\hbar}\sin(\theta/2), \end{align} となることがわかっています (ただし \hbar は換算プランク定数Wikipedia: ディラック定数), また A(\theta), s はそれぞれ原子構造因子, 散乱ベクトル (Wikipedia: 運動学的回折理論_#電子の原子による散乱)).
僕がこれを (6') 式から導こうとした近似の一つが, (6') 式の右辺を r の式ではなく b の式とするものです (結局はうまくいかなかった).
Rutherford散乱では入射電子の軌跡は双曲線で, 結局入射電子が標的原子から遠いうちは入射電子の軌跡はほぼ直線なので, \begin{align} \frac{d^2}{d\theta^2}r^{-1}+r^{-1} = -\frac{Cm^2}{L_y^2} \left( N - \int_0^r dr' 4\pi r'^2\rho_-(r') \right) \tag{6$^\prime$} \end{align} は \begin{align} \frac{d^2}{d\theta^2}r^{-1}+r^{-1} \approx -\frac{Cm^2}{L_y^2} \left( N - \int_0^\alpha dr' 4\pi r'^2\rho_-(r') \right) \end{align} と近似できると思ったのです(ただし \alphab の関数で, r には依らない).
こうすれば微分方程式自体は解けるので, そこから I_\mathrm{atom}(\theta) を計算し, \alpha も逆算的に求まればよかったのですが, 結果うまくいくようには思えませんでした.
他には原子構造因子 A(\theta)電荷密度 \rho_-(r')フーリエ変換に対応する事実からのアプローチも考えてみましたが, うまくいきませんでした.
もしどなたか素敵な方法をご存知でしたらぜひご教授ください.

参考文献

[1] The Scattering of α and β Particles by Matter and the Structure of the Atom, E. Rutherford, Philos. Mag. 6 21, p.669-688 (1911).
[2] http://www.nucleng.kyoto-u.ac.jp/People/Itoh/3.pdf, 伊藤 秋男, Rutherford散乱断面積.
[3] http://physics.thick.jp/Mechanics/Section2/2-5.html, 3次元極座標(球座標)でのニュートン運動方程式, 物理学のフィロソフィア.
[4] 原子衝突 (朝倉物理学大系), 高柳 和夫 (朝倉書店, 2007).