音は空気中でも水中でも, さらには固体の中でも伝搬する.
固体中での音の速さは, Wikipediaの音速のページ
(Wikipedia: 音速)
を見ると突然
「 を体積弾性率, を剛性率として, 縦波の場合
\begin{align}
c_l = \sqrt{\frac{K+\frac{4}{3}G}{\rho}}, \tag{1}
\end{align}
横波の場合
\begin{align}
c_t = \sqrt{\frac{G}{\rho}}, \tag{2}
\end{align}
である」
と紹介される
(Wikipedia: 体積弾性率,
剛性率).
今回の記事の目標はこの2式を証明することである.
「固体 音速 導出」などでググってもすぐには見つからなかったが,
その理由は導出があまり簡単ではなかったからであった....
そもそも音とは弾性波
(Wikipedia: 弾性波)
のことで, 密度の揺らぎやねじれによる波を指す.
例えば, 我々が普段使う「音波」とは, 空気中を伝わる密度の揺らぎ(疎密波と呼ばれる)である.
よって固体中を伝わる音も, 固体の密度の揺らぎやねじれであると考えられる.
さて, 波 の速さ を求めるには, 波動方程式
\begin{align}
\left[\frac{\partial^2}{\partial^2 t}-v^2\nabla^2 \right] \psi =0 \tag{1}
\end{align}
を導出するのがよいだろう.
そのためにまず, 固体が従う運動方程式(変位の運動方程式)を導出する.
なお, この記事では密度 の均一で等方的な弾性体中を伝わる音波について考え,
また重力や電磁気力などの外力は全て無視する.
変位の運動方程式
以下では前回(■)導出したHookeの法則
を用いる.
固体中の微小な直方体(1辺の長さは , , )を考える.
この直方体の中心の位置を ,
この直方体にかかる合力を とすると, 運動方程式は
\begin{align}
\rho dxdydz \frac{d^2\boldsymbol{u}}{dt^2} = \boldsymbol{F} \tag{3}
\end{align}
であるから, を考えればよい.
さて, 前回Hookeの法則を導出した際の議論によれば, この微小な直方体の面にはそれぞれ
()の応力がかかるのであった.
この応力は正方向と負方向どちらからも働くことに注意すると, 結局の合力 は
となる(応力は単位面積あたりに働く力なので).
ただし上の式変形において線形近似
\begin{align}
f(x+dx) \approx f(x)+\left.\frac{df}{dx}\right|_x dx
\end{align}
を用いた.
Hookeの法則 式およびひずみの定義
\begin{align}
\varepsilon_{ij}
= \frac{1}{2} \left(\frac{\partial u_i}{\partial x_j}+\frac{\partial u_j}{\partial x_i}\right) \tag{5}
\qquad~(x_1=x,~x_2=y,~x_3=z)
\end{align}
を用いて 式をさらに変形すると, の第1成分は
となる.
同様にして の第2, 第3成分も求めれば,
運動方程式 式は微分演算子ナブラ
(, Wikipedia: ナブラ)
を用いて簡単に,
\begin{align}
\rho \frac{d^2\boldsymbol{u}}{dt^2}
= (k_1+k_2) \nabla(\nabla\cdot\boldsymbol{u}) + k_2 \nabla^2 \boldsymbol{u} \tag{3$^\prime$}
\end{align}
と書ける.
これが弾性体に関する変位の運動方程式である.
これは に関する微分方程式となっており,
変形を初期条件として与えてやれば, その後の運動が逐次求まる.
波動方程式の導出
上で求めた 式中の変位 は, 2種類の変形からなっている:
密度のみ変化し, 回転しない,
回転成分のみ持ち, 密度は変わらない.
すなわち, は密度揺らぎによる波, はねじれによる波を表す.
これを式で表現したのがHelmholtzの定理
\begin{align}
\boldsymbol{u} = -\nabla\phi+\nabla\times\boldsymbol{A} \tag{6}
\end{align}
である(Wikipedia: ヘルムホルツの定理).
式の第1項 が に対応し,
第2項 が に対応する.
これは, 微分演算子 には2つの関係
\begin{align}
\nabla\times(\nabla\phi)=\boldsymbol{0}, \qquad \nabla\cdot(\nabla\times\boldsymbol{A})=0 \tag{7}
\end{align}
が成り立つからである.
この事実を用いると, 式に 式を代入して
\begin{align}
(\mathrm{lhs}) &= \rho \frac{d^2}{dt^2} (-\nabla\phi+\nabla\times\boldsymbol{A}) \\
&= -\rho \nabla\left(\frac{d^2\phi}{dt^2}\right)
+\rho \nabla\times\left( \frac{d^2\boldsymbol{A}}{dt^2} \right), \\[2pt]
(\mathrm{rhs}) &= (k_1+k_2) \nabla\,(\nabla\cdot(-\nabla\phi+\nabla\times\boldsymbol{A}))
+ k_2 \nabla^2 (-\nabla\phi+\nabla\times\boldsymbol{A}) \\[2pt]
&= -(k_1+2k_2) \nabla\,(\nabla\cdot\nabla\phi)
+ k_2 \nabla^2 (\nabla\times\boldsymbol{A}) \\[2pt]
&= -(k_1+2k_2) \nabla\,(\nabla^2 \phi)
+ k_2 \nabla\times(\nabla^2 \boldsymbol{A})
\end{align}
が得られる.
ただし3行目から4行目の変形に 式を用いた.
まとめると, 変位の運動方程式 式は
\begin{align}
&\nabla\left(\frac{d^2\phi}{dt^2}\right) - \frac{k_1+2k_2}{\rho} \nabla\,(\nabla\cdot\nabla\phi)
- \nabla\times\left( \frac{d^2\boldsymbol{A}}{dt^2} \right) + \frac{k_2}{\rho} \nabla^2 (\nabla\times\boldsymbol{A}) \\
&= \nabla\left( \frac{d^2\phi}{dt^2} - \frac{k_1+2k_2}{\rho}\nabla^2\phi \right)
- \nabla\times\left( \frac{d^2\boldsymbol{A}}{dt^2} - \frac{k_2}{\rho} \nabla^2 \boldsymbol{A} \right)
=0
\end{align}
と変形できる.
上式はあらゆる位置と時間について成り立つので, 2つの波動方程式
\begin{align}
\frac{d^2\phi}{dt^2} - \frac{k_1+2k_2}{\rho}\nabla^2\phi =0, \qquad
\frac{d^2\boldsymbol{A}}{dt^2} - \frac{k_2}{\rho} \nabla^2 \boldsymbol{A} =0
\end{align}
が成立することになる.
すなわち, 固体中の音波に関する2つの速度
\begin{align}
c_l &= \sqrt{\frac{k_1+2k_2}{\rho}}, \tag{1$^\prime$} \\
c_t &= \sqrt{\frac{k_2}{\rho}}, \tag{2$^\prime$}
\end{align}
が得られた.
ここで は「 密度のみ変化し,
回転しない」ベクトルであったことを思い出すと, は疎密波(縦波)である.
同様に は「 回転成分のみ持ち,
密度は変わらない」ベクトルであったから,
は横波である(地震学では疎密波はP波, 横波はS波と呼ばれる).
上の , 式より明らかに であるから,
これからS波よりP波のほうが速いということが分かる.
最後に , 式から , 式を導くために,
Hookeの法則の比例定数 , と体積弾性率 , 剛性率 の関係に触れておく.
まず, 剛性率 はせん断弾性率とも呼ばれ, である.
次に, 体積弾性率 は熱力学でもよく用いられる量で,
である.
ただし3行目から4行目で が微小量であるとして2次以上の項を落とし,
4行目から5行目の変形でHookeの法則 式を用いた.
参考文献
[1] http://www2.kobe-u.ac.jp/~kakehi/kiso1_enshu/elastic_eq.pdf, 地球惑星科学基礎I演習 資料,
筧 楽麿.
[2] http://www.springer.com/978-0-387-75590-8, Vibrations of Thick Cylindrical Structures,
Hamidzadeh, R. & Jazar, N., Springer, p.15-26 (2010).
[3] Theory of Elasticity Second edition, Landau, L. & Lifshitz, E., Pergamon Press, p.1-12 (1970).
[4] Introduction to Elastic Wave Propagation, Bedford, A. & Drumheller, D., Wiley, p.1-47 (1994).